東大生ひこの挑戦記

東大模試で2回全国1位をとった東大生の一風変わった挑戦記

個性と将来についての悩み。自分なりの答えを見つけた軌跡。

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こんにちは、ただ今カンボジアシェムリアップ(アンコールワットがあるとこ)に滞在しているひこです。

 

今回は、ブログ10記事目の節目ということで、僕が高校から大学にかけて、

 

「僕の個性ってなんだろう?」

「僕は将来成功できるのか?」

 

という2つの悩みにもがき、自分なりの答えを見つけた経験を、赤裸々に綴りたいと思います。

 

何か物足りなさやモヤモヤした気持ちを抱えている大学生にとって、僕の経験が役に立てば良いな。

大学生だけじゃなくて、大人の方にも、新鮮な見方を提示できるんじゃないかな。

 

そういう思いで書いています。

 

長くなると思いますが、最後まで読んで頂ければ幸いです。

 

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目次

・個性について

・将来成功したいという焦りについて

・自分と向き合い続けた高校時代

・挑戦しながらも、人との関わりを避けていた大学1年目

・個性は人との関わりで見えてくる

・個性とは

・成功よりも楽しさを追い求める

・楽しさを追求する大切さ

 

個性について

俺は、小さい頃からずっと、自分は無個性だ、と思いながら過ごしてきた。

この思いは、今でも変わらなかったりする。

 

それよりもっと嫌だったのは、

「自分がどんな人間かが分からない」

こと。

 

例えば、

ある人と話すときは、めちゃくちゃしょうもないボケを連発して陽気な人間になるのに、

ある人と話すときは、全然喋らない冷静な人間になる。

 

どれが本当の自分なんだろう。

 

というより、色んな人間になれて、どんな集団にも上手く適応できる自分が、

自分の芯がない人間=無個性な人間

のように思えた、という方が近い気がする。

 

大学入学当初から、あまり人と話さない道を選ぶようになった。

本当の自分が分からない状態で人と話すことが、無防備に感じられて怖かったから。

 

将来成功したいという焦りについて

俺は野心が強く、将来何かを成し遂げたいと思っていた。

 だからこそ、将来成功したいという焦りは相当なものだった。

 

野心などなく、楽しい大学生活/社会人生活を送っている人でも、

このままで将来は大丈夫だろうか?

という不安感を覚えることはあると思う。

 

SNSで、自分と同年代で何か凄いことをしている人を見つけるたび、すごい焦りを覚えたし、

大学で何をするかは、楽しさなど二の次で、自分の成長に繋がるかどうか、を基準にして選択していた。

 

これらの悩みは、高校時代に遡る。

 

自分と向き合い続けた高校時代

 

中学3年生の1年間で、司馬遼太郎作『竜馬がゆく』という全8巻の小説を10周以上した。

8巻まで読んだらまた1巻へ。

それを1年間繰り返した。

 

竜馬がゆく』の影響で、

「人生を通じて大きな夢を追いかけたい」

と思うようになった。

 

ちょうどその頃、授業で地球温暖化の深刻さを学んだことから、将来の夢は、

地球温暖化を解決する革命家」

になった。

 

「革命家になり前人未到のことを成し遂げるには、勉強と部活を両立する普通の高校生活を送っていてはダメだ」

との思いから、高校1年になるタイミングで剣道部を退部し、高校3年間を革命家になるための活動に捧げることにした。

まずやったのは、

図書館に行って環境問題や経済体制についての本を読み漁り、

地球温暖化を解決するには、世界中の国々が1つにまとまり『地球国』になって、一丸となり取り組めばいい」

との考えを掘り下げた、「地球国論」という論文を執筆し始めること。

 

しかし、地球温暖化や経済体制について語るには、余りにも知識/経験が不足しており、今の自分には不可能だと感じた。

 

そこで、

「成功のレベルと人間性のレベルは比例する」

という考えから、

「高校3年間は自分を成長させるための期間にしよう。とことん成長して、大学に入り自由な時間が増えたら一気にアウトプットしよう!」 

と割り切り、とことん自分の成長に向き合い始めた。

 

教養を付けようと、古典の名作と呼ばれる映画や小説を観/読み漁った。

リーダーシップを学ぶために、体育祭で団長を、文化祭でデコレのチーフを務めた。

隙間時間には、

自分はどんな人間なのか、

自分は今どのレベルまで到達してるのだろうか、

と問い続けた。

 

そして高校3年の終わり、東京大学への入学が決まった時、俺の心の中にあったのは、

「まだまだ自分は十分なレベルに達していない」

という思いだった。

 

というよりも、3年間こんなにも自分と向き合ってきたのに、

自分がどんな人間なのか、明確な答えが出せなかったし、

大学でどのような活動をすれば革命家になれるのか、想像もつかなかった。

 

「高校はインプットの期間にして、大学に入ったらどんどんアウトプットしていく」

という人生設計をしていたのに、インプットが足りていないと感じた俺は、消極的な大学1年目を迎えることになった。

 

挑戦しながらも、人との関わりを避けていた大学1年目

革命家になるために何をしたらいいかは全く分からなかったものの、とりあえず自分磨きをするための行動をした。

 

2つのサークルに所属し、

六本木のレストランでバイトを始め、

渋谷近くのベンチャーで長期インターンも始めた。

 

「自分の成長」に焦点を当てていた俺は、友達作りには精をださなかった。

インターンの同期は1人だったし、レストランには同期なんていなかった。

 

高校とはガラッと変わった環境に適応しようとしながら、忙しさにまみれているうちに半年が経った。

 

依然として、

本当の自分はどんな人間か、

自分がどこまで成長できているか、

は全く分からなかった。

 

個性は人との関わりで見えてくる

高校3年間、そして大学1年の半年間を費やしても全く答えの見えない、「個性とは何か」という問いにいささか疲れていたのだろう。

 

大学1年の夏休み、実家に帰省した時、初めて

「本当の自分が分からない」

という悩みについて人に相談した。

 

相談した相手は、映画評論家の叔父さん。

普段から知性を感じる言葉遣いをする人だ。

 

「実は、本当の自分が分からないという悩みを抱えているんだ。

高校1年からずっと考えてきたけど、全然分からへん。

自分についてはっきり分からん状態で人と話すのは無防備に感じられて、人と話す気にあまりなれないんだ。」

と話しかけると、叔父さんから、

 

「うーん、本当の自分というのは、考えて分かるものじゃなくて、人と話すことで分かっていくものだと思うよ。

色んな人と話して、色んな人の価値観を聞く。

そうすると、

あっ、これは俺もそう思う。

うーん、俺はそうは思わないな。

というような気付きが自分の中に溜まっていって、自分の価値観の軸が浮き彫りになっていくんだと思うよ。

だから積極的に色んな人と話すことが大事なんじゃないかな。」

という答えが返ってきた。

 

妙にスッキリした気分になった。

 

俺に必要なのは、

"本当の自分"を探して思考に沈むことではなくて、

色々な人と話すことなんだ。

 

早速実践してみることにした。

 

どうすれば色んな人と話せるのか分からなかったから、所属していたサークルの先輩全員に、

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というメッセージを送った。

 

いきなりこんなメッセージを送るのは、すごく勇気のいることだった。

でも、勇気を出せば、みんなが応援してくれた。

 

イベントならFacebookで探せばいっぱい見つかるよ!

など有益な情報をくれた。

 

その中で、ある先輩が、1人の男性を紹介してくれた。

なんでも、

「彼はすごく顔が広いから、何か助けになってくれると思うよ」

ということらしい。

 

彼との出会いは、俺の大学生活をガラッと変えた。

 

彼と知り合うと、早速、彼の友達の送別会に誘われた。

全員初対面の会だったけど、自分を変えるために気を奮い立たせ参加した。

そこで出会った人たちは、刺激を与えてくれる尖った人ばかりだった。

休学してる人なんてザラだし、facebookの友達は1000人超えばかりだ。

そしてさらに、その人たちは”よんなな会”なるものの運営メンバーが多いらしい。

俺は、その”よんなな会”にのめり込み、おそらく計200人以上の尖った人たちと出会うことができた。

 

個性とは

では、実際たくさんの人たちと対話してみて、

「個性とは何か?」 

という問いに対しどんな答えが出たのか。

 

俺の個性は、

「瞬発力が取り柄(ふっ軽)で、どんな人の考えも受け入れる柔らかさがあるところ」

 

そう、答えが出たのだ。まだまだ浅いけど。

 

個性を認識するプロセスは、叔父さんが言っていた消去法のような感じとは違って、2つあると感じた。

 

1つは、初対面の人と腹を割って話すとき、どうしても自分について語らなければならない。

最初は、自分のことなんて分からないから、たどたどしく、支離滅裂な語りになってしまう。

でも、なんどもそれを繰り返すと、だんだんはっきり言えるようになり、さらには内容にも自信を持てるようになる。

要は、場数を踏む、という感覚。

 

もう一つある。

人が自分について言ってくれることが核心をつくことがあるということ。

実際、俺が自分の個性と認識している、瞬発力・柔らかさはどちらも人から言われたことだ。

周りにいてる人の方がよく見えていることもある。

つまり、人の意見を得る、ということ。

 

まとめると、個性というのは、色々な人と話すことで、

自分について語る回数を増やし、

人からの意見を得て、

認識するもの。

 

これが俺なりの答え。

 

成功よりも楽しさを追い求める

 大学入学当初から11月後半まで、

成功するには何をすればいいんだろう? そんなことを考えながらずっと動き出せないでいた。

 

11月後半、駒場祭(東大の文化祭)の日、母親が上京してきて、久しぶりに話した。

 

成功するには何をすればいいか分からないもどかしさ、革命家になるには何をすればいいのか? それを母親に相談すると、

「その答えは一生出てこーへんと思うよ。

そもそも何で革命家になりたいの?

その理由が私には見えてこない。

無理せず、楽しみなさい。あなたが楽しんでいれば、周りは付いてくる。

それがあなたの取り柄でしょう。」

 

その答えは一生出てこーへんと思う、それを聞いた時、すごく安心したことを覚えている。

無駄なことにたくさんの時間を費やした、と後悔するよりも、ああ、もうこの問題に悩まなくていいんだ、という安堵の方が大きかった。

 

「どんなことをしてみたい?」

少し間を置いて母親が聞いてきた。

 

将来に繋がるか、そんなしょうもないフィルターは一度取っ払って真剣に考えてみた。

 

ニュージーランドで放牧したい、寺にこもってみたい、ヒッチハイクしてみたい、北海道で狩りしてみたい、、」

 

自分でも驚くほどいっぱい出てきた。

今まで、将来に繋がらないという理由でこれだけの欲求を抑えてきたんだ。

それに気付いて愕然とした。

 

楽しさを追求する大切さ

実際に自分の欲求に従ってみた今、俺はこう考えている。

 

「人に貢献して成功するなら、自分が楽しむことが不可欠。だって自分が楽しんでいないと、人を楽しませることなんてできないから。

そして、成功はコントロールできないけど、楽しさはコントロールできる。

これをしたら絶対に成功するかは分からないけど、これをしたら楽しいかどうかは自分の直感が分かってるから。

自分がコントロールできないことで悩んでいても仕方ない。

成功なんておまけ。楽しさを追求しよう。」

って。

 

実は、野心が消えたわけじゃない。

楽しいことを追求してみて、人の役に立つことができるかもしれないという手応えを感じている。まだ言語化できるほどはっきりしたものではないけれど。

成功したいと思いながら何もできないでいるより、楽しさを追求してとりあえずでも前に進めている方がいいじゃない。

 

ひこ

 

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今回は、僕の体験に基づいて、「個性」と「将来」について考えていることを書いてみました。

これらについて悩んでいる人達にとって、少しでも役に立てば幸いです。

 

「考えていることが正しく伝わる文章にする」ことに全力を注いだので、いつものブログのような強調やカラーをほとんどしていません。

こっちの方が読みやすいかも!など、ブログの内容/書き方について何か意見があれば、気軽に教えてください。

 

これからもよろしくお願いします。